OTNK日記

20代。ゲイ。種々雑多な日記。

糸、意図、it

人間関係って大変難しい。

人と人が存在すればそこに関係が生じる。何故関係が生じるかって言うと人間が考える生き物だからだ。

「人間は考える葦である。」フランスの哲学者であるブレーズ・パスカルが遺稿集「パンセ」のなかで残した名文句である。自然において人間は脆弱だが、思考する存在として人間は特別である、それこそが本質であるとパスカルは残している。

泳ぐことに特化した生物、飛ぶことに特化した生物、走ることに特化した生物、群体であることに特化した生物。地球上には様々な生物が存在するが、考えることに特化している生物は人間だけである。故に人間は生態系の頂点に君臨しているのかもしれない。

しかし考えることは良い事ばかりでもない。考えることに特化しているからこそ考えてしまう。考えることを止められない。

人という考える存在が群れを成したとき、社会を形成したとき、考えが巡り巡り人付き合いというものが生まれる。人が人のことを考えると途端に物事は複雑化する。

いわゆる考える能動態と能動態のガチンコ勝負なのだ。A君がB君のことを考えているとき、当然B君も何か考えている。A君のことかもしれないし、全く別のことかもしれない。そもそもA君もB君のことばっかり考えているわけじゃない。片手間だらけの考えを巡らせているのが人間の常だ。一つの事だけを考え続けれる人間なんていやしない。

こんなの複雑にならない訳がない。親子間、恋人間、友人間、他人間。近づけば近づくほどややこしくなれど、離れていくほどにややこしくすらなれない。ややこしくなりたい相手には近づけないけど、ややこしくなりたくない相手とはややこしくなる。けど、知らないわけもいかない。なんて複雑怪奇。この文章すら最早ややこしい。ややこやしい。

縦の糸があなた 横の糸は私

中島みゆきが歌うと大変説得力を持ってしまうが、実際の人間関係はこんな簡単な織り目はしていない。

縦の糸があなた 横の糸は私 ななめからは彼とあいつ 後方からは彼女 正面には行く手を阻む憎らしいやつ 左後方にはいつもの友達 私はあなたと直角に交わりたい あなたは本当は彼と交わりたい 上司と糸を絡めなければいけない 避けたいけど避けたら糸が絡まりそうだからとりあえず上司と織り目を成してみる しかし上司は別の同僚と上手に織り目を成していた 一歩遅れたので別の上司の糸を探してみる あ、そういえば私はあなたと交わりたいんだった

織り成す布はいつか誰かを暖めうるかもしれない

このくらいこんがらがっている。布的にはがちがちに絡まりすぎて不織布のような風通しの悪さだから暖かいかもしれないが、糸的にはたまったものじゃない。ストレスフルだ。思惑が交錯しすぎている。

関係がより複雑に絡まりやすくなりきってから生まれた我々現代人。より様相を複雑化させる営みの中で絡まりきった人間関係は、糸を一本一本解いていくように地道に、面倒になりながらも付き合っていくしかないのだろう。そこに一喜一憂しながらやっていくことで日々を充足させていくのだ。結局、自分という一本の糸にやれることには限りがあるのだから。

 

糸