OTNK日記

20代。ゲイ。種々雑多な日記。

悪口の正体見たり、枯れ尾花。

本日、昼休み。
同期のKがなにやら熱心にキーボードを叩いていた。普段は不真面目なKが熱心にパソコンに向かっているのが珍しかったので、ちらっと彼のパソコンを覗き見た。画面に映し出されていたのは、仕事の情報ではなくヤフーニュースであった。
こいつ...真面目に仕事をこなしているのかと思えば優雅にネットサーフィンかよ。
僕は「おい」と声をかけて、「なに見てるんだ?」とKに問いかけた。すると彼は無表情のまま「芸能人の悪口をかきこんでるんだよ」と当然かのように答えた。
こいつ...古い...今どきネットニュースに芸能人の悪口を書き込んでストレスを発散するやつがいるのか。
「なにやってんだよwww」と呆れながら会話を打ち切ったが今になって思うと、ネット上でよく見る「なんでもない赤の他人が誰かを叩いて面白がっている」という行為を行っている人間を初めて見た気がした。
 
確かに古今東西、人の悪口を糧に生きてます。という人はいる。それについてはどうも思わない。Kに対しても「ふーんそっか」くらいの感想しか抱かない。
しかし、人は何故なんでもない他人を叩くことをやめないのか。いったいそこにどんな意味があるのか。ちょっと気になったので考えてみようと思う。

まず、そもそもなぜ人は"叩かれる人"と"叩く人"に分かれるのか。
恐らく、世の中の叩かれる人の共通点ってのは何かにおいて突出している人だ。(法を犯している人間や悪目立ちしている人間は除く)
芸能人にしろSNS上での有名人にしろ、注目の的となっている人間が叩かれるターゲットになっている。美人とか面白いとか変なヤツとかそういう人たちだ。人が多く集まっているところには当然それを批判する人間も集まってくるという分かりやすい理論だ。

じゃあなぜ"叩く"のか。突き詰めて考えてみると結論は一つだ。嫉妬。これに尽きるであろう。
特にモノをあれこれ考えて要らぬ心配を溜め込んでしまう思慮深さが裏目に出ている人間が

「俺もちやほやされてぇ...かつそれでいて愛されてぇ...休日課長の犬になりてぇ」 
みたいな欲求を抱えてしまうと、

「けど人間関係や今の生活を壊すようなアグレッシブな行動は無し。人の目があるし...」
となり、建前との板ばさみで苦しみだす。そんな葛藤をもって生活している。
そんな人間を前に、ちやほやされているやつは現れるのだ。彗星のごとく。普段抱えている葛藤を昇華しているヤツを目の前にすると人は当然嫉妬する。

「おいおい、普段俺はこんなに我慢しているのに、お前はなんだ?飛ばし過ぎだろ。スピード違反。ここはテキサスのハイウェイか?」
となる。そして叩く。
しかも一度叩けばさらに泥沼にはまることがある。一度叩いてしまったのだから、自分が同じような事をして注目されるのは自分を裏切る事になる。だからなおさら叩く一辺倒になり抜け出せない。そういうループの中で人は叩く行為を繰り返す。悲しいね、バナージ。

注目される人間ってのはなにも悪い事はしていない。盗んだり傷つけたりはしていない。それでも突出している故に叩かれる。人はこれを有名税とかいうらしい。
皆んなとは違うスピードで走っているからこそ事故に遭う。さらにここは日本なのでスピード制限もかなり厳しい。みな一列になるのが日本の慣わしなのだ。
 
これ以上書くと、同調圧力如何の話になりそうなのでこの辺でやめときます。皆様、スピードの出しすぎにはご注意を。
 

 

 

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