OTNK日記

20代。ゲイ。種々雑多な日記。

食通のお金持ちホモと食事に行ったらプライドズタズタにされた話。

この世は金。これは真理である。


高等教育機関から放りだされて早数年。世の中にとりあえず一人の足で立ってみると分かるが、社会は「金よこせ」しか僕に言ってくれない。住民税、所得税、保険料。手紙をいきなりよこして「金よこせ」。僕は平穏に過ごしているだけなのに、「金をよこさないと将来どうなるかわかりませんぜ?」と脅しをかけてくる。


お金があれば解決することがこの世には多すぎる。だからこその、この世は金。
しかしお金でどうにもならないこともこの世には確かに存在する。「じゃあそれは何よ?」と問われると「貧乏」と僕は答える。金で貧しさは買えない。一休さんもびっくりのウルトラQである。

 

 

数年前、ある出会い系アプリで知り合った男がいた。彼は一見なんの変哲もない、むしろ地味な男だった。

僕は「ご飯奢ってあげるよ。」の一言で彼と会うことを決めた。今思うと完全に卑しい豚である。しかし当時は焼酎甲類と塩と日光で生き永らえてるような生活を送っていたので、この誘いに乗るのも卑しい豚的には当然だ。ぶひぃ。


彼といざ会って話してみると、地味な印象は払拭された。むしろ漂う王者感。高圧的とも違う、なんだが逆らえないオーラに満ち満ちていた。
お会計時も卑しい豚である僕はブヒブヒ言うだけで財布を出す素振りすら見せなかったのだが彼はそんなことを気にする様子もなく豪快にカードで会計を済ませ「領収書下さい」と言った。後で聞いたら「経費で落とすんだよ」と言っていた。当時、社会のしゃの字も知らない僕は経費?あーん?(無知な跡部様)と思っていた。

更に後になって聞いてみると彼はどうやら会社を経営しているらしかった。若手実業家というやつである。ちなみに、彼の父も母も姉もそれぞれ会社を持っているウルトラハイパーお金持ち一家ということだった。

 

そんな彼に気に入られ、僕は彼に度々食事に誘われるようになっていた。食事をするお店は当然彼が決めるのだが、大体「当店はオーガニックの食品のみを使用しております。」といった表示がなされているお店か、そういう雰囲気があるお店だった。彼が「美味しいね。」と言いながら食べるので僕も「はい!」と言いながら食べるのだが、実際は

 

味、うすぃ~~~~!!!!

 

と思っていた。なんなら

 

塩コショウかけてぇ~~~~!!!

 

とも思っていた。
ここで僕は自分の舌の育ちを知った。
僕にとって旨いと感じるのはとりあえず味が濃くなくちゃならないのだ。オーガニックだか自然派だかを謳って素材の味を楽しむ舌を僕は持ち合わせていなかった。味の素最強!


味の薄さに若干の不満を抱えつつも、彼との食事はいつもと違うものが食べられるのでそれなりに楽しみにしていた。

そんなある日の事。彼が行こうと予定していたお店が急遽お休みとなってしまった。その時、僕は「じゃあ今日は僕がいつも行ってるとこ行きましょうよ!」と言った。言ってしまった。良かれと思って言ってしまった。

 

僕はあろうことか早い!安い!の2拍子しか揃ってない行きつけのラーメン屋に彼を招待してしまった。
席に座ると彼の表情は曇っていた。瞬時に「マズった!」と思った。確かに店内はどこもかしこも汚れてるし、近くでは小さな子どもが騒いでいる。隣の席では仕事終わりの土方のおじさんたちが大声で世間話をしている。おまけに持ってこられたお冷のコップはプラスチックである。

居た堪れない空気が二人の間を流れる。しかしもう引き返せない。だってもう注文しちゃったもん。


しばらくして2人前のラーメンが到着し、僕はいつもの調子で食べ始める。彼も少しだけだが口をつけていた。
そして急に口を開いた。「これほんとうに美味しいと思ってる?」
僕は「え・・・あ、はい。」と答えた。だって本当にそう思って食べてるのだから。
彼は呆れた顔をして「あんまりこういうのばかり食べてちゃ駄目だよ」と言った。


返答に詰まった。これは良くない食べ物なのか?良くない食べ物ってなんだ?そんなことを考え出す。
そうしているうちに彼はあの定番のセリフを吐き出した。「本物の料理を食べさせてあげるよ。」出たな、山岡士郎

 

それからすぐに彼と有名ホテルのレストランへ行った。
そのお店では3000円でランチビュッフェをやっていたのだが、彼はわざわざ1皿5000円するパスタを頼んだ。どうやらそのパスタはビュッフェにはないらしい。店員も不思議顔でオーダーをとっていた。しきりに「ビュッフェありますが...」と勧めていた。


僕が一口パスタを食べるのを確認すると彼は「こういう料理が本物だよ。」と言ってきた。
僕は胸の中に残るしこりを無視しながら「うん!美味しいです~~!」と答えた。あの時、僕は完全に女優だった。峰不二子にも劣らぬ女優だったのだ。


肝心のパスタの味は、麺はモチっとしており程よい弾力、小麦の風味が鼻腔をくすぐる。そこにフレッシュなトマトソースと意味わからんくらい柔らかい肉。僕は思った。そんなに美味しくないと。いうても小麦の味とトマト、あとはシーチキンみたいに崩れる肉。それだけの味しかしない。いわゆる薄味なのだ。


「あの手のお店はデートに使うお店じゃないよ。君にも本物ってのを知ってほしいな。」彼は言った。本物...?これが本物...?じゃあ僕が今まで食べてきた物は偽物なのか?
僕はもう走って逃げ出したかった。自分の人生を否定された気がしてとにかくショックだった。

 

自分の家に傷心のまま帰り着くと、ちっさいちっさいワンルームの部屋にはごちゃごちゃとありがたくない物で溢れていた。
なんだかお腹空いたな...量少ないんだよな、高い料理は。と思いながら食料品の入っている空き空きの戸棚を漁る。虎の子のチキンラーメンが見つかった。早速お湯を沸かして作る。


美味い。なんて美味いんだ。味が濃くて美味い。そうだ、これだよ。僕が求めてるのはこれなんだよ。本物なんてクソ喰らえ。偽物でも良いじゃないか。僕は僕が良いと思ったものを信じれば良いだけなのだ。あの若手実業家の彼には決して分からない"本物"がここにはあるんだ。僕は夢中でチキンラーメンを啜った。


そうして、味が濃くて飽きたので半分程残してそのまま寝た。